7年に一度!

早いもんで もう連休から10日以上も過ぎてしまいましたが、
その連休の一日5/5の続きの事です。
岩村の農村景観日本一の地点から、近くのお寺で、
7年に一度の仏様の開帳があるので そこを訪問してみました。

これが、金色に輝く石室千体仏です。
縁起によると、1632年(寛永9年)岩村城の藩主・松平乗寿が、
お城の鎮護と領地住民の安泰繁栄を祈願して創立したものである。
乗寿は、菩提寺であった龍厳寺に命じて、浄土経一千部を地中深く埋蔵し、
その上に石室を設け、一千体の阿弥陀像を安置した。

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みごとな 仏様である。
ここで、仏様の手から紐が伸びているのを覚えていてください。
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石室に安置されていいて、全体像は、這いつくばらないと見れません。
仏様の下に、鏡を置き よく見れるようにしてくれています。
なかなかのサービスです。写真を撮るのも、どうぞ・どうぞと大歓迎してくれます。
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石室の正面は、この開帳に備え、化粧を施されているので、
後から石室の全体像を見る事が出来ます。

さてさて、先に仏様の手から紐がを話ましたが、
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この紐の行方が、お堂を出て、階段を経て、駐車場にも見られます。
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写真に収める事が出来ませんでしたが、ナント・ナント
駐車場から町中の家々の前に、ずーっと続いています。
これは、善の綱と呼ばれていて、開帳の期間中 飾られています。
(善所にみちびく綱の意)本尊開帳・常念仏・万日供養などのとき、
結縁(けちえん)のため仏像の手などにかけ、参詣者などに引かせる綱。

こういう風景を今までに認識した事がなかったので、
絆の意味を思い 感激しました。

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ここでもご朱印と千体仏の絵葉書を貰って来ました。
次の開帳は、7年後 2019年です。・・・・!!!

農村景観日本一

この前4/8に岩村を歩いた後、
岩村にこんなトコロがあることを知り
夕立山の帰りに寄って見ました。
手っ取り早くNETの岐阜県恵那市地域情報サイト
〝え~な~ココ〟からの紹介文です。
この農村景観の特徴は、東から西に少し傾斜した穏やかな岩村盆地の中に
この眼下に広がる田園は、総面積約150haあり、岩村町の約半分を見ることが出来ます。
「農村景観本一」の称号は、平成元年に全国の環境問題を専門に研究している、
京都教育大学・木村教授から頂き、マスコミが一斉に報道し一躍脚光を浴びたものです。
ここに佇めば、春夏秋冬・朝な夕な・日本が戦後失ってしまった「心のふるさと」、
そして古代・仁徳天皇が見た“カマドの煙”の景色をも彷彿と感じとることが出来ます。、
瓦と白壁の昔ながらの農家や土蔵が点在する農村景観が展開し、
回りは盆地を形成する緑の低い丘や遠く三河・尾張と境を接する山々が二重・三重に連なって、
この景観を一層引立てている点にあります。
・・・美しい日本、この景観をぜひご覧下さい

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国道363号線に沿った場所で、その側道に車を止め、
階段を登り切った所に展望所があります。
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次から次から人が登ってきます。結構 人気SPOTデス!
こんな どってこともないノドカな風景が展開されます。
これが、日本一ですヨ~!!!!

展望所にこんな掲示板がありました。
NETの紹介文と重複するところもありますが読んでください。

ここに お立ちに なられたら、
まず唱歌「ふるさと」か「あかとんぼ」を口ずさんでください。・・・・
何かを感じ取られたと思います。
正面に展開する地域は、かつて鎌倉・室町の中世と言われる時代、
正面に見える岩村城の城下町があった場所です。
戦国時代・元亀元年(1570年)、女城主が守る岩村城は武田信玄の臣で
武田24将の一人「秋山晴近」に攻められ、
その時この城下町は消滅したものと思われます。
その後 「森蘭丸」が岩村城に入城し、
今の古い町並みを残す城下町が計画的に作られ、
この富田の地域は純農村地域に変わって行きました。
 この農村景観の特徴は、東から西に少し傾斜した緩やかな岩村盆地の中に、
瓦と白壁の昔ながらの農家や土蔵が点在する田園景観が展開し、
回りは盆地を形成する緑の低い丘や遠くの三河・尾張と境を接する山々が
二重・三重に連なり、ここの景観を一層引き立てます。
 ここの眼下に広がる田園は、総面積約150haあり、
岩村町の約半分を見ることが出来ます。
「農村景観本一」の称号は、
昭和63年に全国の環境問題を専門に研究してみえます、
京都教育大学・木村教授から頂き、
マスコミが一斉に報道し一躍脚光を浴びたものです。
 ここに佇めば、
春夏秋冬・朝な夕な・日本が戦後失ってしまった「心のふるさと」、
そして古代・仁徳天皇が見た
“カマドの煙”の景色をも彷彿と感じとることが出来ます。
・・・・美しい日本、この景観を是非みんなで守っていきたいですね!

絵画の展覧会に!

第98回光風会展に行って来ました。
愛知県美術館のギャラリーで本日まで開かれています。
友人の同級生が出展をされているので一緒に拝見にいきました。
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久しぶりに栄の久屋大通りから新装なった
名古屋名物 テレビ塔を見ながら県の美術館へ。
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ここへも約3年ぶり 2009年2月以来です。

光風会の事を知らないのでYahooの百科事典によると以下の通りです。
創立に際しとくに掲げた主義主張はないが、
穏健な写実的作風を主流とする官展系美術団体として存続し、
現在一水会と並ぶ日展の強力な支持団体となっている。
   官展系:政府の主催する美術の公募展覧会のこと
 
今回の展示は、会長はじめ理事の方の作品をはじめ
東海地方の会メンバーや一般公募による220点の絵画、工芸作品を展示しています。
若い女性を写実的に描いた作品が、目に着きました。     
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右端が、招待いただいたM.I氏の作品です。地中海の港の風景です。
絵を書くためのいろんなエピソードを伺い、
一枚の絵に仕上がるまでの過程を知ることができました。
絵心のない私にとって とても興味をそそられ楽しい時間が過ごせました。
M.Iさん ありがとうございました。
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また いろんな美術展に行って 刺激をもらって来たいと感じています。



東海自然歩道 岩村⇔夕立山 Ⅱ

東海自然歩道 岩村駅からスタートし前回の続きです。
希菴橋から農村風景を楽しみながらの歩行です。
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今が田植えの真最中。なんとも 緩やかな風景です。
でも これもお百姓さんの努力の賜物です。感謝!感謝!
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高札場と古井戸がある、根の上休憩所。
ベンチもあり、トイレも完備しています。
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通り道の民家の庭に 白いフジの花。藤色の花ももうしばらくで開花しそうです。
真紅のツツジも美しい!!!
DSC06786-2.jpg山の方を見ると、新緑がこんなにキレイに・・・・。
目も心も癒される淡い緑が、ホントにホントに 素晴らしい!!!
今読んでいる小説の中にこんなくだりがありました。
「 いい天気でしてねエ。青い絵具のような色の空でした。」
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畑の土手を見るとこんなにあの花ビラがピカピカのウマノアシガタの群生!
あ~!至福の眺め。至福の風景です。最高~!サイコウ!!!

農村から山道へ。といっても 殆どが舗装されています。
坂を登って行くと別荘地があり、夏はクーラーが要らない程 快適だそうですが
冬はマイナス11℃になることもあるそうです。途中 散歩中の別荘の住人との会話より
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前回 紹介しました大名街道/殿様街道の道標が、ありました。
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そうこうするうちに 目的地 夕立山へ。本当は、もう少し先までの予定でしたが、
道すがら山野草の誘惑に時間を費やしてしまい、今回はここまで。
夕立山園地の大鉄塔の下で昼食TIMEとなりました。
恵那山・中央アルプスの眺めが素晴らしい!!
ただ 残念なのは727mの夕立山頂上がどこかわからず
極める事が出来ませんでした。
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帰り道も往きでは気がつかなかった草花も見つかりました。その一つが、
オカオグルマ【丘小車】直径4cm程の花を車輪状につけるキク科の花です。
まだまだ 花を見ましたが 写真には収めきれていません。
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明智鉄道 岩村駅に戻ってきました。ホームには、電車を待つ人達が大勢いました。
岩村での見所は、これで終わった訳では、ありません。
まだまだ 岩村の町での話があります。次回も岩村のコトを聞いてくださいネ!

東海自然歩道 岩村⇔夕立山

東海自然歩道 恵那コースを歩く。
前回は、岩村から明智へ向かいましたが、
今回は、岩村から恵那方面へ向かいます。
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この前の岩村駅は、私達とあと一人か二人かの乗客?でしたが、
その日は、たくさんのお客が駅に溢れるほどではありませんが、
結構 約15-6人か その程度 人が見られ、
ボランティア・ガイドさんに質問をしている人達も目立ちました。
我々は、駅前広場に車を置き、勝手に駐車です。

駅から左手に歩を進め、明智鉄道の線路を渡り、駅裏の辺りを歩きます。

しばらく行くと、比較的交通量の多い道路を横断するのですが、
地下道が用意されており、そこを潜ります。
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自然歩道に 人工の地下歩道???
こんな地点は、他の所にもあるのでしょうか?それとも珍百景!!!

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当日5/5。連休の中でも、一番の好天気の一日です。
地下道を潜りぬけ、田んぼの横道を行くわけですが、
アチコチに草花が咲いています。
先ずは 左の写真:ムラサキゴケという花の様です。
DSC06749-2.jpg DSC06752ミツバツチグリ-2
大名街道という標識がありました。
岩村城主が参勤交代のため 華やかな行列を整えて江戸へ往復した道で
大名街道または殿様街道と呼ばれました。できるだけ自分の領地を通り、
また民情の視察も兼ねて領内に独自の街道をつくったもので、忘れられ、
荒れはてた道も自然歩道となって復活しました。
と書いてありました。
右の花は、ミツバツチグリ(三葉土栗)というそうです。
ヘビイチゴの花とよく似ているそうですが、
私にはどれがどうなのかはよく解りません。
DSC06756-2.jpg DSC06757-2.jpg
右の花は、カキドウシ。
カキドオシは古来から日本の民間薬としてゲンノショウコ等と並んで有名な植物で、
子供の夜泣き、ひきつけに用いられ、カントリソウ(癇取草)の別名がある。 
漢方の生薬(しょうやく)名を 「連銭草」(れんせんそう) と言い、
利尿、消炎薬としても広く用いられた。

左は、ジロボウエンゴサク (次郎坊延胡索)。
ジロボウとは、子供がスミレを太郎坊、この花を次郎坊と呼び、
花の距をからませて引っ張って遊んだことに由来する。

●距[きょ]:がくや花弁(かべん)の一部が突出し筒状になった部分。
スミレやツリフネソウなどに見られる。

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左は、スミレ。しか~し、スミレの種類が多すぎて 
ナニすみれかワカリマセン!!!
右の花は、今から7年前に伊吹山で初めて見て、山野草に関心を持たされた
思い出の花:ウマノアシガタです!
花弁が、エナメルの様にピカピカ!ホントに驚きと感動の一瞬でした。
この後も、この花の素晴らしい情景にまたまた 嬉しい場面に遭遇!
それは後日の記事に載せる予定です。
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多くの花の観察に時間を要し、なかなか歩が進みません。
やっと 岩村駅から約1.7kmの地点 希菴橋【きあんはし】に到着。
ここは、戦国時代 高僧希菴禅師が、武田信玄の怒りをかい
この橋で殺された場所だそうです。近くに禅師を祀った塚がありますが、
この三十三体観音(一つの石に33体彫られている)との関わりは、解らなかった?
周りは、とてものどかな農村が広がっています。
夕立山までは、まだまだ遠い!!!!

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NGKG

Author:NGKG
昔の街並み・神社仏閣・デジカメ
そして 沖縄好きの
名古屋市東部に住むヒマなフツウの
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